―“サミシイ”は束縛のコトバ、“愛してる”は心を強くするコトバ。
■ ■■残り火■■ ■
僕は途中で視界に入ったロッジの中に足を踏み入れていた。
曇ってきたと思ったとたんに天気が悪化し、雨と地面がポツポツと音を奏で始めたからだ。
開けたドアから中を覗くと、香ばしい珈琲豆の匂いが僕の嗅覚を刺激した。
珈琲を持っているその人の肌は白く、漆黒の髪を一層際立たせている。
片方の瞳を覆う、眼帯をも。
彼は死んでいるように見えた。
僕がこんなに顔を寄せているのにピクリとも動かない。
しかし珈琲はまだ熱を持っているし、火の点いてないコンロに乗っているシチューからも湯気が出ている。
―まるでこの人の時間だけ止まってしまったようだ―
そう頭で呟いた時、ふと口に出していた。
「貴方の欲しいモノは…?」
その瞬間、コンロに火が点いた。
同時に彼は、哀しげに微笑む。
一瞬、屋根を叩く雨音が弱まった気がした。
「濡れているじゃないか、冷えるだろう。
雨が止むまでここにいたまえ。シチューも食べていくといい」
そう言って彼は僕にタオルを差し出してくれた。
「ありがとうございます。そういえば、もう少し南の方に衰弱した少年がいたんです」
シチューを温めている彼に目をやる。
「朝方になるようだよ、雨が止むのは」
まただ。誰も僕の話を聞く気が無い。
僕が言って良いのはあの言葉だけなのだろうか。
「人間はね、とても弱いんだ」
シチューをくるくると掻き回しながら、黒髪は語る。
「大切なモノを失くしたら生きていけない」
胸が、キシリと音を立てた。
心が何かを叫んでいる気がする。
黒髪は自嘲する様に嗤った。
「だから私も生きていけないんだ」
もう喋るな。
これ以上話を聞きたくない。
胸が、頭が、イタイ。
「私が欲しいのは、失ったモノ」
ズキリと心臓が鳴った。
「君の欲しいモノは?」
うるさい、うるさい。わからない。
胸が、頭が、イタイ。
気が付くと、夜が明けていた。
雨もすっかり止んでいる。
僕は彼にお礼の言葉を述べて小屋を出た。
雨上がり特有の湿気を含んだ新鮮な空気を、深く吸い込み歩き始める。
キミノホシイモノハ―?
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