〜水面に映る自分の顔がゆらゆらと緩やかに形を崩す。
周りは木々で、広い広い森の中にポツリと独りきり。
これは夢だ。
■ ■■水鏡■■ ■
森の中でひときわ存在感を示すような静かな湖に、手を浸す。
シンと張り詰めた空気が一瞬和らいだ気がした。
同時に、水の冷たさから身体の芯が震えるのがわかった。
水を反射してキラキラと輝く水を両手いっぱいに掬い上げる。
自分が光をこの手にしている気分で多少の優越感を感じた。
掬い上げた水で顔を洗うと、急に襲い来る冷ややかな感覚に心臓が飛び跳ねる。
大袈裟かもしれないが、気絶しそうだ。
濡れた顔から滴る水が湖面にポタリと落ちて、波紋を作って広がっていく。
上着の袖で顔を拭って立ち上がると、湖を隔てて向かい側から金髪の青年がこちらを見ていた。
「こんにちは」
僕は目の前にいる穏やかな表情の青年に恐る恐る声をかけた。
彼と距離があったために大きめに出した声が、反響して、湖面を揺らす。
彼は表情を全く変えずに立っている。
その碧い瞳に、僕は今自分がどこにいるのかさえわからなくなっていた。
第一、君は…
「君は、僕に似ている」
青年は呟く。
小さい声だったが、はっきりと聞こえた。
僕の思考を先読みしたかの様な彼の言葉に、
僕の心は激しく揺さぶられて、一歩後退る。
まるで鏡に写った自分を見ているようで、でも確かに今の僕よりも彼は大人で。
「欲しいものは、何?」
動揺している僕とは正反対に、少年は微笑を浮かべる。
質問の意図が汲み取れない。
「今は…食べ物が欲しいかな」
わからないまま答えると、青年は相変わらずの表情で僕を見ている。
「今日はとても暖かいね」
思わず眉を潜めた。
人に質問をしておいて答えを聞かないなんて、理不尽だ。
声を張り上げたのだから、聞き取れなかったはずはないのだが。
「…君の、欲しいものは?」
僕は彼に尋ねた。
聞いてどうするわけでもない。
彼はそこで初めて相好を崩し、真っ青な空を見上げた。
僕もつられて空を見上げる。
彼は呟いた。
「僕が欲しいのは、生きた証」
青年のいた方向に視線を落とした時には、既に彼の姿はそこになかった。
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