登校中に10代目がおっしゃった。



「リボーンがね、山本と雲雀さんもファミリーに入れたいみたいなんだ」



マジですか、10代目。

俺が衝撃にあんぐり口を開けていると、背後から軽快な足音が耳に入ってくる。



「ツナ、獄寺、はよ!」



今日も朝から元気に挨拶。
馬鹿ヅラ引っ提げ俺と10代目に近付いてきた山本は、少し顔色が悪い。

すぐに10代目が「大丈夫?」と声をおかけになった。(さすが10代目はおやさしい)

10代目に心配かけるなんざ許せねぇ、なんて思ってたら、山本は表情を変えずに「なにが?」と言った。
それを見た10代目は小さく息を吐く。
「気のせいならいいけど」なんて、さすが10代目はおやさしい。



「おう。それより今日、1時間目体育だろ?今日はドッジらしいぜ」



「…なんだそれ。どっじ?」



聞いたことのない不思議な響きに、野球馬鹿を見て眉を潜めた。

10代目が驚いた声を出される。



「えっ、獄寺くんドッジ知らないの?」



「え?…はい」



10代目から言わせれば、俺はほとんどジャッポーネの常識を知らないらしい。
ってことは「どっじ」もこちらでは常識なんだろうか。

山本が意気込んだようにジェスチャーを始めた。



「獄寺、ドッジっつーのはな、ボールをこうビュンって投げてシュッて避けたりバシッて受け止めてビュンビュンって投げるゲームだぜ!」



「……山本、それじゃ伝わんないよ」



溜め息一つ。

ですよね10代目。
そんな腕とか振り回して暴れてるだけなのを理解できる方がおかしいですよね。


山本は何も気にせずに(というか今ので伝わったと思ってるんだろうか)へらっとムカツク顔で笑う。



「俺、めちゃくちゃ強ぇんだぜ」



「確かに、山本がいれば負けるわけないよね…」



「な…」



山本、そんな強ぇのかよ。

しかも10代目がおっしゃってる。

それってもしかしなくとも、俺の右腕としての力を(そんでもって山本なんか足下にも及ばないってことを)10代目にお見せできる絶好のチャンスってこと。


俺は自然と自分の顔がニヤけるのがわかった。



「…山本、勝負しようぜ」



「へ?」



「どっちが強いか、負けた方は勝った方の言うこと1つだけ絶対きくってことで」



「…、何でも言うこときいてくれんだな?」



「ご、獄寺くん、やめた方がいいよ」



「10代目、心配ありません!!獄寺隼人、10代目の右腕として必ず勝利してみせます」



「いや、ほんとやめた方が…」



10代目に心配していただくとは、なんて俺は幸せ者なんでしょう。

ですが10代目、貴方の為にも俺はこいつに勝っておく必要があるんですよ。



「…獄寺、いいぜ。勝負しよ」



山本が好戦的な瞳で頷く。

俺はそれに満足して、すぐさま机の中でぐちゃぐちゃになっていたジャージを引っ張り出した。

その「どっじ」とやらに勝って、あの野球馬鹿に「右腕には獄寺がふさわしいです」って言わせてやるんだ。
もちろん、10代目の目の前で。











***********











バシッ



「よっしゃ!!」



「っ、くそ…」



俺の目の前で次々と倒されていく味方達。

(正しくは次々と外野へと出て行くBチームの男達、だが)



俺はいつの間にかとんでもなく追い込まれていた。


始まってすぐの頃、野球バカは球を避けることに専念していた。

俺はと言うと次から次へと攻撃を仕掛け、野球バカの周りから順番に外野へと追い出していく。
それはもう着実に。



そうするとあっという間に野球バカだけが陣地に取り残されて、俺はこれで最後だと野球バカ目掛けてボールを思い切り投げつけた。

が、それはあまりにもあっさりと受け止められ、今に至る。



「っ…」



「ついに1対1になりました!山本選手は左手でボールを投げておりますが、余裕なのでしょうか!?」



「更にボールは山本選手が所持しております、これは山本選手優勢ですね!!」



誰だよ解説なんかしてる奴。

ぶっとばすぞ。果てやがれ。


俺は正面にいる野球バカを睨むように見据えた。

(今現在ドッジボールで活躍している奴を野球馬鹿と呼ぶとはなんて矛盾しているんだろう、と、ここへきて気がついたのだった)


余計なことを考えていると、観衆と化していた外野が途端にざわめき始める。



「おぉっと!!山本選手がボールを右手に持ち替えました!!」



(やっと本気になったかよ…)



乾いてしまっていた自分の唇を舌で軽く湿らせる。
ボールを持ち替えた山本と目が合い、俺は合図を貰ったかのようにゆっくりと身構えた。

緊張が走る。

投球のために山本が大きく振りかぶった。



「いくぜ…」



ボールが山本の手から離れるより先、突然、奴の表情が険しくなる。


次の瞬間、足下から這い上がってくる凄まじい殺気に、身動きを取ることができなくなった。



「っ…」



ころされる、


瞬時にそう悟って、頭では回避する術を考えていても、体は全く動けずにいた。


すると緩やかな軌道でボールが飛んでくる。
情けなくも動けない俺はそれを目だけで認識する。


ボールは俺の腹にポスンと当たって、土色の地面を跳ねた。

周りは今の出来事に目を丸くしているようだ。



「…、な…なんかよくわかりませんが山本選手優勝ー!!」



だからうるせぇよ。
解説すんな。


気が抜けちまった俺は膝から崩れ落ちて、ぺたん、と、間抜けな格好で地べたに座り込んだ。



「わり、獄寺!」



山本が慌てて駆け寄ってくる。

ムカつくから近寄んな、とは言えずに黙って睨んでやった。

どうすんだよ、10代目に合わせる顔がねぇじゃねーか。

お前、一体なんなんだ。



不満そうな俺の顔を見ると山本はもう一度「ごめん」と謝って、あろうことか、俺を抱え上げた。

世に言う、“オヒメサマダッコ”というやつで。


何人かの口から「怖いもの知らず」「勇者」などと聞こえてくる。

俺はこいつの予想外の行動に言葉も失って、ただただオヒメサマダッコされたまま呆気に取られて山本を見ていた。




今日はきっと厄日だ。

だってそうじゃなきゃ、なんで俺がこんな目に遭うんだよ。




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