「いい加減下ろしやがれ!」



俺はオヒメサマダッコで抱きかかえられたまま、落とされてはかなわないとばかりに山本にしがみついていた。
どこへ向かっているかはわからなかったが、山本は何故か険しい表情を浮かべている。
その顔はまるで何かを堪えているかのようだ。



「獄寺、さっきの約束。今すぐ言うこときいて?」



切羽詰まった声音で懇願されると同時、やっとオヒメサマダッコから解放された。

下ろされた場所は屋上で、(情けないが俺はまだ腰を抜かしたままだから)されるがままで壁に身体を預けさせられた。



ソワソワしだした山本を不審に思って顔を覗き込むと、なんだか焦れたような、もっと的確に言うと餓えたような瞳で、俺の顔を見つめてくる。

まるで屋上で目が合ったあの時のカオ。

ゾクリと震えが走った。

そんなカオで一体何を頼んでくるつもりなのか。



「獄寺、10秒間目ぇ瞑ってじっとしてて」



「は?」



「いいから。いーち、」



急かす山本に慌てて目を閉じればシュルッと衣擦れの音が耳に届いた。

僅かにうなじに熱が集まったのがわかって、きっと、ネクタイが外されたんだろう。

続けてシャツが引っ張られる感覚がしたからボタンが幾つか開けられたのかもしれない。

こいつは一体何をしようとしているんだとなんとなく不安になったけれど、目を開けることは約束違反だ。
それだけは男として避けたい。



「にーい、」



僅かに高揚した声が数字を数えると同時、指の感触が首筋を辿って、山本のそれが俺の浮き出た血管をなぞっているのだとわかった。
自分の血が何かを感じ取って、ザワザワと騒ぐ。



「さーん…こっから獄寺数えて」



「…、おー」



何をされるのか、一種の不安と恐怖を感じながら待ち構える。
10代目はああ仰っていたけれど、やはり山本はタダ者じゃないのかもしれない。


俺は腹から息を吐き出すと、数を数える為にゆっくり口を開いた。



「し…」



プツン、



突然耳に届いた、生々しい、何かが突き破られる音。

一瞬の痛みの後、ズズッと水を啜るような音と共にカラダの奥から言いようのない快楽が這い上がってくるのを感じた。



「ぁ、は…っ」



血管がドクドクと脈打って気持ちが昂って、カラダの力が抜けていく。

首筋に柔らかい感触があってそれが快楽を導き出している、ということはわかっているのだが、言葉がまったく出なくて代わりにただ女みたいな喘ぎ声だけが口から漏れ出た。



「んぁ、あ…っあ、やま…っ」



カラダ中から快楽という快楽を全て引き摺り出されるような、くらくらとした感覚に支配される。
感覚としてはイキっぱなし、そういう感覚。

頭では冷静なのにカラダは小刻みに震えてしまって、だんだん自分の身体を脚で支えることすら困難になってくる。



「っ、は…」



与えられ続ける快楽に不安を感じて涙の溜まった目を開けば、ぼんやりと歪んだ空が視界に入った。
カラッと晴れた青空と快楽に喘ぐ俺、まさに対照的な存在。
意識が遠のきそうになる。



少しすると山本の手がズボン越しに俺の自身へと触れた。
カチャカチャとベルトの外れる音とジッパーの下りる音が耳に入る。
山本の顔は相変わらず俺の首元に埋まったままだ。



「や…ん、ああ…ッ、」



案の定上下に扱かれて、ただでさえ快楽にのみ込まれてるカラダが直ぐに限界を訴える。


もうだめ、

そう思った瞬間、頭が真っ白になってびくびくとカラダが痙攣を起こした。



「ーっ…!は…」



乱れた呼吸を整えて達した余韻を逃がすようにゆっくりと息を吐く。



「…にがっ」



目の前の男はデリカシーの欠片も無くそう言ってのけた。



「な…っ!なに舐めてやがんだ!」



手に付いた白濁を味見するようにちょこんと舐めて顔を顰めた山本、が目に入る。

俺はいよいよ情けなくって恥ずかしくって悔しくて、ズルズル床に座り込んでは膝に顔を埋めた。



「も、やだこいつ…」


「ごっ獄寺!わりぃ、泣くなって!!」



「っ泣いてねぇよこの馬鹿…!!」



これは俺のせいじゃない、こいつが何か変なクスリを盛ったに決まってるんだ。

頭の中で何度も唱える。
自分の醜態をこんな奴に曝しちまうなんて、俺、ほんとありえねぇから。

こいつと仲良くしろだなんて、10代目はなんて無茶を仰るんだろう。




とにかくこの場から逃げ出したい、と強く思った。
何も考えたくなくて勢い任せに立ち上がれば、突然ぐらりと視界が揺らぐ。

とっさに自分で体勢を整えようと試みるが、それよりも先に山本の腕にしっかりと抱き留められてしまった。



俺の意識はそこでフェードアウト。






**********






「ぅ…」



「やっと目ぇ覚ましたか」



目を開くとそこにヤブ医者がいた。
長年の腐れ縁で俺にはわかる、一見無表情に見えるがこれは怒っている顔だ。
その怒り顔は呆れたように口を開いた。



「ったく、甘ったるい匂いさせやがって…」



カサついた指先が首筋を辿っていき、それが到着した場所に心当たりはある。
山本が噛みついた、あの、強烈な快楽を生じさせた部分だ。
なんとなく嫌な予感がした。



「いつ吸われた? まだ血の匂いすっから大して時間経ってねぇか…」



「吸われた、って…アイツ一体…」



「隼人、アイツには関わんな」



「な…、」



「つるむのはやめろって言ってんだよ」



「はぁ?何でだよ、ワケわかんねぇ…」



言ってる意味がわかんねぇ。
し、理不尽な物言いに納得もいかない。

思わず起き上がってシャマルへと反論しようとしたが、体を起こした瞬間にサッと血の気が引くのがわかった。
起こしたはずの体がベッドへと自然と引き戻される。



「っ…」



「安静にしてろ、血ぃ足りてねぇんだから」



「血…?」



「…何度も言ってるが俺は男は見ねえ、栄養剤打ってやっただけ感謝しろっての」



そう言ってヤブ医者は俺の左腕を顎で示した。
そこにはしっかりと注射の痕が残っている。



「それと、これ。そんじゃ俺はハニーちゃんとこに遊びに行ってくっから、てめーはしっかり寝てんだぞ」



そう言って俺の手に小さめのケースとまだ封の切られてない煙草を押し付けながら素早くドアの前まで移動したヤブ医者は、振り向きざまに一言。



「アイツには関わんな、殺されっぞ」



「な…」



あまりに真剣なシャマルの表情に俺は少し動揺した。
いつものヤブ医者らしい表情とはまったく違う、完全に、“殺し屋の顔”。
それはつまり、山本の存在の異質さを明確に示してるってことだろう。




煙草と一緒に渡されたケースには、サプリメントのようなものが入っていた。





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