『―“吸血鬼”とは、ヒトの姿に擬態し自身の色香を用いて人間を引き寄せ、その生き血を啜って生きる生物のことである。』



(それは、ゆるやかに)



『―また、人間からの抵抗を減らす為、吸血行為の際は人間側に大きな快感が伴うようになっている。』



捲った最初のページに書かれている文字を目で追って、“ああ、今横にいるこの男は本当に俺とはかけ離れた存在なんだ”と、ただ漠然と理解した。



(ゆるやかに、落ちていく)


(侵食するように)



(彼の世界を一色に染め上げて)






■ ■■紅い籠城■■ ■








10代目との感動の対面。

その日から数日経ち、昼食の時間に弁当を持って2人で屋上に行くのは既に習慣になりつつあった。

しかし今日はいつもと少々事情が違うらしい。


朝っぱらから10代目に男を紹介されたのだ。

中学生にしては背の高い、日焼けした短髪の男。

その背の高さも健康的な肌の色も、黒い艶のある短髪やバランス良くしっかりとついた筋肉、おまけに人懐っこそうな表情。

その全て、どこを取っても自分とは対照的に思える。

きっと考え方や生き方も俺とは異なっているのだろう、と、反射的に感じた。

気にくわない奴だ。


しかしそれでもどうやらこいつは10代目のご友人だそうなので、喧嘩はよそうと小さく息を吐く。
異文化コミュニケーションってやつ。



「こいつも一緒に昼飯…すか?」



「うん」



敬愛すべき10代目から目の前の男へと視線を移した。

へらっと馬鹿みたいな笑顔で俺を見ているその男は山本、武。

最近転校してきたばかりの俺でも名前は知っている。
そもそも女子に人気があるのと野球が上手いのとで有名なのだ。


ただ、俺にとってはそれだけじゃない。
こいつが10代目にやたら馴れ馴れしいせいで、嫌でも俺の視界に入って勝手に名ばかり覚えてしまったのだ。

とにかく山本は10代目に馴れ馴れしいという、その点において、ひどく煩わしい人物だった。


しかしこいつは男女問わず人気があるらしい。

周りの状況に疎いうえに友達が1人もいない俺にでも、山本の噂(主に山本を褒め讃える噂)は耳に飛び込んでくる。


だから、それが俺を更に不快にさせた。



「ここ最近部活の昼練で一緒にご飯食べれてなかったけど、獄寺君が来るまでは山本と食べてたんだ」



「…そうなんすか…」



「よろしくな、獄寺」



眩しいくらいの笑顔で差し向けられる筋肉質な腕。
と、その先に伸びた日焼けした手や長い指。

まるで旧友に伸ばすみたいな、何ら躊躇いのないように真っ直ぐと伸ばされた手のひら、を、10代目に促されて握れば、ひんやりと心地良い冷温が伝わった。





*****





昼飯の時間になってもやはり、山本は俺を苛立たせる。

今日からメシを一緒に食うと言ったはずなのに、「早弁しちまったから今はいい」とか言ってのけやがった。


10代目はさして気にしていらっしゃる様子もなくて、なんて懐の広いお方だ、俺も何も言わずに自分のパックジュースにストローを刺す。



ぷすり、



空気が抜ける音と一緒にいちごみるくの淡い桃色が挿入口から僅かに溢れて、同時に甘ったるい匂いが鼻をくすぐった。

このしつこいくらいの甘さにいつも頭が痛くなるのだが、何故かやめられないでいる。


匂いに惹かれたのか山本が少しだけ興味深そうにこっちを見ていたが、それは敢えてスルーだ。
分けてやるもんか。




「獄寺くん、もう学校には慣れた?」



威嚇の気持ちを込めて山本を睨みつけていると10代目がお声を掛けてくださった。
だから俺は全開の笑顔で笑みを返す。



「はい、多少は」



「そう、よかった。あっ!そういえば、学校ではあんまり煙草吸わない方がいいよ?」



「…?何故ですか?」



煙草が良くないのはわかっている、が、改めて言われると変な感じで、思わず首を傾げた。
山本が驚いた表情で視線を寄越す。



「獄寺、煙草吸うのか?もったいねぇ…」



「…はぁ?」



もったいねーって何だ。

俺には何が勿体無いのかわからないし、10代目の表情を窺うと彼も理解しかねている様子だった。
しかし馬鹿の考えることだ、気にしてはいけない。

そのまま無視して10代目の方に向き直った。



「で、何故ですか?」



「うちの風紀委員長。すげー危ない人なんだよね」



「危ない?」



「な…!ヒバリは良い奴だって、…ちょと厳しいけど」



それは、ちょっと焦ったような口調で。

山本が口を挟むと10代目は苦笑を浮かべてこう続けた。


とにかく暴力沙汰になるから、ヒバリさんには見つからないようにね?絶対ケンカ売っちゃ駄目だよ?絶対だからね。



10代目があまりに真剣におっしゃるのだから、黙って頷くしかない。

俺、ボンゴレですしケンカ強いですから、心配ご無用ですよ、なんて、言えたもんじゃないんだ。



その後は満腹になってダラダラと時間を潰して、ふいにチャイムの鳴る音が響いた。

それは昼休みが終わる5分前を示す予鈴で、俺は微睡みの世界に引きずり込まれそうだった身体を無理矢理立ち上がらせて、10代目を教室までお送りしなければ、と、先頭を歩く。

その役目が終わるとすぐに、俺は眠気に手招かれるまま入ったばかりの教室から出て行った。



どこかで昼寝がしたいのだ。




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