暫くどこかを彷徨っていた意識が覚醒させられたのは、部屋の電話がけたたましく鳴ったからだ。
ビクリと体が反応して恐る恐る受話器に目をやる。
「…出ないんスか?」
ハボックが煙草をくゆらしながら電話を見ている。
私は唾を一度飲み込んでから受話器を取った。
「あぁ、ロイか?」
■ ■■コール・凍る■■ ■
予想外の声が聞こえて一瞬言葉に詰まった。
これは私だけの感覚かもしれないが、この声を聞くとどんな非常時で緊張した場面にあっても安心することができる。
「あぁ、ヒューズ。元気か?」
一時の安らぎである。
身体中に纏わりついていた不安が解消されて、ホッと胸を撫で下ろした。
一瞬、自分の背後にいるハボックの体が何かに反応した様に動いた。
「あぁ、元気。明日はお前の誕生日だからさ、ウチでパーティーしねぇ?」
「あぁ、誕生日。忘れていた」
「お前さんの事だからそんなだと思ったぜ」
穏やかな笑い声が受話器を通して聞こえる。
親友の偉大さを痛感する。
「んで、部下達にも声掛けて連れてこいよ」
「部下」という言葉によって不安が再び意識下に現れた。
この不安をヒューズに打ち明けてすっきりしたい、という衝動に駆られる。
だが言うわけにはいくまい。
ただ偶然が重なって起こっているだろう事だ。
私の無根拠極まりない不安をヒューズに押しつけるのは気が引ける。
それから軽く会話をして受話器を置いた。
その時ふと、ハボックが動揺しているように見えた。
気のせいかもしれない。
今度こそ、と部屋を後にしようと扉に手を掛ける。
ほとんど無意識に部屋を振り返った。
ファルマン准尉がいない。
部屋には私とハボックとブラックハヤテしかいない。
ハボックの顔を見ると、平然とした顔で煙草を吸っていた。
私は足早に部屋を出る。
ハボックも足早に私の後に続く。
私の頭の中には鋼のから聞いた『カエルの神隠し』が浮かんでいた。
「…ハボック。」
私は心なしか上擦った声を出した。
違うとは思いつつも、心では疑っている。
そんなはずはないのだ。
ハボックはホークアイ中尉に匹敵する程の忠実な部下なのだから。
「私は図書館を捜すから、君は他の場所を捜してくれ」
「ズルイっすよ、図書館の方が楽じゃないスか」
少年の様な表情で頬を膨らませるハボックに溜め息を吐く。
「わかったよ、一緒に行こう」
大丈夫、こいつは何も関係が無い。
気持ちとは逆に足はハボックから離れる様に速く進んでいく。
よく考えてみれば、ハボックは怪しいにちがいなかった。
鋼のが消えた時もハボックが部屋に来ていた。
中尉や准尉が消えた時も一緒の部屋にいた。
どういう方法でこんなことができたのかはわからないが、今もハボックにはどこかいつもと違った雰囲気がある。
しかし、あからさまに疑う事もできず私はただ図書館へ急ぐしかなかった。
どうか図書館にいてくれ、と鋼のに念を送ってみるが、無駄な事に思える。
『カエルの神隠し』が私の思考を埋め尽くしていたからだ。
図書館に入る。
もうとっくに夕日は地平線の下に沈んでいて、電灯を付けなければ館内がよく見えない。
背後でハボックが電灯のスイッチを押す音が聞こえた。
声を出して鋼のを呼んでみる。
返答は無い。
不安になって後ろを振り返ると、その瞬間に私の予想はガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまった。
背後にはいるはずのハボックがいない。
代わりに、いないはずの鋼のが立っている。
戦闘の時にしか見せない挑発的な微笑みを携えて。
私はそこで暫く動けなくなった。
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