「そういえばさ、カエルの神隠しって知ってる?」
「…神隠しなら知っているが、カエルの…は聞いたことがないな」
「じゃあ、リゼンブールでしか流行ってなかったのかもな」
「どんなものなんだ?」
「ただの寓話だよ。」
■ ■■蛙・カエル・帰る■■ ■
いつも通りに仕事をしていると、室内に扉をノックする音が響いた。
「入りたまえ」
声をかけると彼が中に入ってくる。
不揃いな足音や、机の前に来るまでの歩数。
書類から顔を上げなくても判断することのできる相手に、思わず顔が綻びそうになる。
「久しぶりだな、鋼の」
「あぁ、久しぶり。大佐元気にしてた?」
顔を上げると、また少し成長した鋼のの姿があった。
一つの旅を終えて戻ってくる度に、大人びた表情になってくる。
その度に、私は取り残された気分になる。
「これ、報告書」
差し出された書類を受け取り、目を通す。
大雑把な字で、大雑把な内容だ。
鋼のらしいと言えば鋼のらしい報告書だった。
「君、こんな手を抜いた書類を提出する気か?」
「いいじゃん、俺ホントは頭良くて賢いし。」
アッケラカンと言ってのける目の前の少年を見る。
溜め息を吐いてぼやいた。
「こんな手抜きが許されるなら世界中のスーパーマンはみんな多少手を抜いて敵と戦うだろうね。」
「スーパーマンは手抜きしても負けないから良いんだ。」
思わぬ返答におや、と思った。
鋼のはスーパーマンに憧れてでもいるのだろうか。
「スーパーマンは架空の人物だからだよ。」
私がにやついてしまったからかもしれない、鋼のはすぐに付け足してきた。
なるほど、スーパーマンは無敵だからとか幼稚な事を思っているわけではなかった。
「アンタ、今日はおとなしいんだな。雨の日は無能だもんな。」
悪気なくさらりと言う鋼のに、怒りを通り越して呆れてしまう。
「君はもっとオブラートに包んだ物言いができないのかね。」
「曖昧な表現は嫌いだ。特にあの白か黒かはっきりしない牛なんていなくなれば良いと思うね。」
心なしか頬を膨らませている鋼のを見て、私は俯いて笑いを堪えた。
何とも彼らしい意見である。
「おい、肩震わすほど笑うなっつの。」
「はは、すまない。本当に、君は君だな。」
体が温まる。
口許が緩む。
鋼のが変わらず鋼のであるということに、安堵感を覚える。
「鋼の、今回は長くここに滞在するのか?」
「あぁ、するよ。また何度か会いに来る。」
鋼のは無邪気に微笑んだ。
部屋を出て行こうと扉まで進んだが、ふいに何かを思い出したかの様に私の方に振り返った。
「…そういえば、前に話したカエルの神隠しって覚えてる?」
「あぁ、覚えてる」
確か、カエルの家族が一匹ずつ神隠しに遇う話。
一番小さい蛙、小さい蛙、普通の蛙、大きい蛙、一番大きい蛙。
幼い順に姿を消していく。
実は最後に残った蛙が他の蛙をさらっていた、とか。
確か、そんな話。
「それが、どうしたんだ?」
「…いや、何でもねぇよ。」
鋼のは曖昧に微笑んだ。
そうして部屋を出ていく。
曖昧を嫌う彼が曖昧に微笑むのは、何だか可笑しかった。
私は伸びをして、仕事を再開させる。
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