他には何もない、ただ真っ白な世界。


        どれだけ歩いても、


        どれだけ叫んでも、


        誰も居ない。



        出口のない、一人ぼっちの世界。

















   いつもより随分と重いまぶたを持ち上げる。


   ズキズキと響く頭、

   表面だけが熱を持ったように熱い肌。



    ──やばい、風邪ひいたな。





   体を起こそうと、腕に力を入れた。

   すると視界がグラっと一瞬揺れる。


   どうやら、思ってるより重症らしい。



    ──今日は、休むか。



   オレは諦めて、また布団を頭からかぶせた。










     「ミナぁ、起きひんの?」



   リビングから響く聞きなれた声。

   返事をしないと、バタバタと歩いてくる音がする。



    ──姉貴、歩き方オヤジに似てきたよな。



   両親ふたりが生きていた頃、

   オヤジと姉貴が揃ってお袋に怒られている姿を、

   ふっと思い出し、自然と頬が緩んだ。



     「ミナト?」



   ドアから覗く姉貴の顔。


   もうすでに化粧も済んでいて、出て行く準備は整っているようだ。

   そういえば、今日も早いって言ってたっけ。



     「・・・今日休む。」



   発せられたオレの声は、ほとんど声としては聞き取れないほどで、

   明らかに風邪だと言う事を表していた。



     「風邪ひいたん?」


     「うん、」


     「珍しいコトもあるもんやな、今日雪振るんちゃう?」



   姉貴のいつもの軽口に、反論する気も起こらない。


   そんなオレの様子に、姉貴は困ったように顔をしかめる。

   その顔もオヤジに似てきたな、なんて思う。





     「あたし今日も仕事休まれへんしなぁ。」


     「だいじょーぶ。」


     「ほんまに?ちゃんとご飯食べれる?」


     「おう」


     「晩も遅くなりそうやけど、ちゃんとすんねんで」


     「おう」



     「じゃぁ、いってきます」





   オレの返事を聞く前に、姉貴は乱雑にドアを閉めて、

   バタバタと家を後にした。




    ──ったく、オヤジに似てきてどうすんねん。



   遠くなっていく姉貴の足音を確認しながら、

   オレは一人残された部屋で、ぼんやりと天井を眺めていた。











   9つ年上の姉貴とは、小さい頃から仲が良かった。


   面倒見の良い姉貴は、幼いオレとよく遊んでくれた。

   もちろんいつも口喧嘩は耐えなかったけど、

   それでさえ、楽しかったことを覚えている。




   2年前のあの出来事のあと、


   姉貴は、オレの学費やら生活費やらを一人で稼ぐ事になった。

   祖父母の家からの援助もあったやろうけど、

   実際それだけじゃ足りひんのは目に見えてて。


   その頃から、姉貴はかなり痩せた。

   それは目に見えてわかるほどやった。

   毎日誰よりも早く会社へ行き、

   そして、残業をしてから終電で帰ってくる。





    ──心配なんか、かけられへんやろ。




   オレのために、あんなに働いてくれてる姉貴に、


   これ以上心配なんかかけたくない。

   これ以上心配なんかかけられへん。









   オレは何の物音もしない、一人ぼっちの部屋の中で、


   意識を手離した。







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