聖バレンタインデー。
チョコレート業者の売り上げ戦略にまんまと乗せられた(むしろそれは自ら乗りにいっているのかもしれない)恋人たちの、甘い甘い愛の日。
今日はその甘い日が、少し辛味を帯びているようだ。
■ ■■甘い贈り物・1番は誰だ■■ ■
冷たく張り詰めた空気がピリピリと肌を痛めつける。
真っ白い(と言っても少し古びていて周りに敷き詰められた一面の雪ほどは白くないのだが)司令部の入口から続いている階段を下りた所に金髪が二人。
寒空の下、睨み合うように立っている。
小さい方の金髪の傍には、もう一人金髪。
階段に腰を下ろし白い息を吐いて、睨み合う二人を呆れた様に見ている。
うっすらと雪の積もった真っ白な空間に、きらきらと煌めく金髪。
特に長髪のエドワードの髪は艶やかに輝いていた。
せめて中で待ってればいいのに、そう言っても納得してくれない。
仕方無いと言えば仕方無い。
バレンタインの風習は軍部内でしか広まっていないから、ロイの家から司令部までの間は安心だ。
しかし、司令部に入ってからだと人気のあるロイなどすぐに誰かから贈り物を貰ってしまうだろう。
それはこの二人にとって困ることなのだ。
どうせ渡すなら一番がいい。
「絶ッッ対、俺が先に渡す!」
「大将にも誰にも一番は譲れません」
アルフォンスはまた一つ、白を吐いた。
それから五分も経たないうちに、目的の人物がこちらに向かって歩いてきた。
軍服の上に黒いコート、茶色の手袋をして黒い鞄を持っている。
何より目を奪ったのは、白いマフラーを纏って真っ白い雪をさくさくと踏み歩く姿。
―この人は白がよく似合う
そう思わずにいられない光景だった。
雪とロイとが、神秘的な風景を見ている気分にさせる。
白いマフラーの明るさが反射して、色の白いロイの肌が更に白く映えた。
肌の白を際立たせるように、漆黒の髪と瞳が存在感を漂わせている。
三人が見惚れている間に、ロイがすぐ近くまで来る。
三人を見て不審そうに眉を潜めた。
白い息を吐きながら首を傾げる。
「こんな所でどうしたんだ、寒いのに」
「いえ、その…」
ハボックが一瞬ためらったのを見逃さなかったエドは、すかさずロイの前に立ってニコリと微笑んだ。
「大佐、これ…」
「鋼の、寒いんじゃないか?唇が青い」
かなり努力して手作りまでしたクッキーを渡し損ねてしまう。
ロイが手袋の先を噛んで右手を手袋からスルリと抜き、それを咥えたまま自分の真っ白なマフラーを片手で外してエドの首にふわりと掛けたから。
ロイは手袋を嵌め直して前屈みのままエドに顔を寄せて微笑んだ。
「マフラーくらい付けたまえ、こっちが寒くなる」
「…たいさ…」
自然と頬が熱くなる。
寒さのせいもあってピンクに染まったエドの頬に子供らしさを感じ、ロイはふと目を細めた。
「入ろうか、中は温かいよ」
先を歩くロイにすかさずついていくハボックを見て、エドも我に還って慌てて追い掛けた。
アルも気障ったらしいロイの態度にムカムカしつつ、後を追う。
仕事部屋に行く途中、男女共にロイに近付こうとしたが悉くエドとハボックのオーラによって追い払われた。
仕事部屋に入ると暖かな空気が身体を包み、急な温度差にぶるりと身震いする。
もう息は白くない。
「ヒューズ、来ていたのか」
ロイの視線の先には煙草をくゆらせ寒くもないのに白い息を吐く大切な親友。
エドもハボックも眉を潜めた。
「ああ。お前さんに会いにな、ロイ」
ああどうしてこの男はこんなにもあっさりと言えてしまうのだろう。
エドはいつも天邪鬼で上手く気持ちを伝えられない自分を悔しく思った。
「久しぶりじゃないか」
「そう、久しぶ…ってそのマフラー何でお前が付けてんだエド」
―目敏い奴め。
エドは心の中で舌打ちしつつ、ニコリと笑顔を作った。
「別にいいだろ。ところで今日は何しに此処へ?」
棘を含んだ言い方に、ヒューズも負けじと余裕の笑顔を向ける。
「お前らと同じだよ」
エドとハボックの顔付きが変わった。
状況を掴めていないロイは呑気に珈琲を注いでいる。
部屋に珈琲豆の匂いが充満した。
暫しの緊張。
エドもハボックもヒューズもお互い牽制し合って誰かが口を開こうものならまた別の誰かがそれを阻止していた。
3人で睨み合っていると(ヒューズに於いてはヘラヘラと微笑んでいる)、アルがスッと立ち上がった。
3人は突然のことに戸惑いただアルを見ているだけだったが、次のアルの行動に「「「あ」」」と声を揃えた。
「大佐、ハッピーバレンタインv」
チュ…と音を立てて、背伸びをしたアルがロイにキスをした。
ロイは一瞬目を丸くしたがアルが耳元に囁いた言葉に「あぁ」と頷き頭を撫でる。
「ホワイトデーにはそれ相応のお返しをしよう、期待していたまえ」
それはもう満面の笑みで。
3人は呆然として何も喋れずにいたが、アルがニコリと微笑んだ。
「皆も大佐にバレンタインのプレゼントあるんでしょ?早く渡したら?」
「ああ…」
「うん…」
「はい…」
3人は未だすっきりしない表情で各々のプレゼントを差し出した。
ロイはそれらを受け取り嬉しそうに微笑む。
「有難う、今の時期は忙しいからホワイトデーまで待っていたまえ」
その笑顔が少し子供っぽくて。
3人もつられるように微笑んだ。
一番は逃してしまったけれど、それでも何か幸せだからいいか。
大事なのは順番ではなく気持ちなんだから―。
辛味の無くなった甘い甘いバレンタインデーは、プレゼントの蕩けるような甘さと部屋を漂う珈琲の苦さと室内の微睡むような暖かさに包まれた最高の日になった。
back **side:Roy**
07.02.14