本当に、きみは馬鹿だね。


美しい見た目とは反対に粗野な言葉を発するその口を塞いでやろうか。
息もできないように。






■ ■■ブラック・タナトス■■ ■





赤や黒に色付く鉄の独特な匂いが鼻腔を刺激する。
不快ではなかった。
白肌に似合いの鮮血を纏った銀髪が目の前に倒れているのを見下ろして思う。


(なんで、死ににくるの)


(答えなんてわかってるけど)



「…君、僕に勝てると思ってるの?」


ピクピクと小さく痙攣する草食動物の躯を容赦無く蹴り上げると、その日本人離れした整った顔が酷く歪んで薄い唇の間からは汚い呻き声が漏れた。


「死にたいの?僕に殺してほしくて来てる?」


銀色に煌めくさらさらとした髪を乱暴に掴み、ぐぃと顔を引き上げた。
その翠色の瞳に微かな恐怖と憎しみと、


期待。



「ねぇ。タナトスって言葉、知ってる?」


「あ…?」


「死の本能」


事物を解体し破壊しようとする死への欲求


「タナトスっていうのは対象への攻撃欲や支配欲としてあらわれるんだ」


銀色を再び床に転がして白い喉仏にトンファーを触れさせた。
それだけで危機を悟って小さく震えるさまは本当に愉快で仕方無い。


「それは人間の根源的な欲求だって言われてる」


だからさ、僕は肉食動物なんだ。


「人間として根源的な欲求を満たしたいだけなんだよ僕は」


「てめ…」


鋭い視線で睨みつけてくる彼が肩で呼吸をしているのを見て顔が綻んだ。
途端、銀髪の表情が強張った。


「まるで命の危機を悟ったシマウマみたい」


無様だね、と笑ってみせる。


「とにかく、死への本能は根源的な無生物の状態に戻ろうとする欲求とも言えるんだ」


「…何が、言いてぇんだ」


「赤ん坊から聞いたよ。きみも還りたいから死のうとするんでしょ」


「…俺は、死にたいなんて思ってねぇよ」


「嘘だね。沢田綱吉を言い訳にしてすぐ死にたがるくせに」


「……、っ」


「きみは何度も死と生の間を歩いてる。生の中をただ幸せに歩こうとしないじゃない」


いや、歩けないんだろ。
ぼくにはわかるよ。
生きるか死ぬかのバトル。
命を懸けたギリギリのやりとり。


「これほどそそることはないよね」


再び銀髪のもとへ屈んでトンファーで首筋をなぞる。
喉の辺りでぐっ、と力を入れるとビクンと躯が揺れた。


「そういえば、知ってた?」


喉を圧迫し続けながら倒れた躯の中心を膝でぐり、と刺激してやると、これもまたおもしろいように跳ねる。


「生命の危険が迫ると、性欲って高まるんだって」


どう?高くなってる?


目の前の生き物は酷く軽蔑した瞳で僕を見ている。
そういう顔が嗜虐心を煽っているのだといい加減わかっても良い頃なのに。



「君は弱い」



「だからタナトスを自分に向けてしか発せないんだ」


「君が死に急ぐのはそのせいだよ」


「…るせぇ、」



ムクリ、と銀髪が躯を起こした。



「弱いのはてめぇだ」




「……、」



(ほらね、何故そうやって死に急ぐの?)





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08.05.17