慣れた様子で山本の部屋に上がり込んだ。
特にすることも無いが、学校帰りに山本の家に行くのは日課になっている。
もちろん十代目をお家にお送りしてからのことだ。
「茶持ってくるなー」
部屋を出て行った山本の背中を見送ってベッドに寝転んだ。
きっといつも通り、寿司屋で使っているあの厳つい湯飲みに茶を淹れて持ってくるんだろうな。
白くひんやりとしたシーツの感触が心地好くて、枕に顔を埋めた。
山本の匂いがする、とか馬鹿なことを思って気持ち悪いな俺。
■ ■■すき→きらい→いしんでんしん■■ ■
「…なぁ獄寺、しりとりする?」
突然頭上から降った声に顔を上げる。
山本が湯飲みとおかきをテーブルに乗せ終え、ベッドに乗り上げてきていた。
一瞬で山本が戻ってきた、と感じたことから自分が少しだけ眠っていたのが分かる。
「…獄寺、よだれ」
「あ…?」
「よだれ、垂れてる」
「あ、悪ぃ…」
人の布団に涎垂らすなんて間抜けすぎる、と思いながら慌てて手で拭おうとしたが、急に視界が山本の顔でいっぱいになった。
耳にぴちゃりと湿った音が届く。
「…な、」
耳とか頬とかに血液が集まるのが自分で分かった。
山本が俺の涎を舐めた、ただそれだけのこと。
キスしてる時は唾液を飲み込まれることすら気にもならないのに。
「獄寺、顔真っ赤」
くそ、何事も無ぇみたいにヘラヘラ笑いやがって。
きっとアレだ、ここがベッドの上で山本が俺に覆い被さって何かやらしい感じだからだ。
そうに決まってる。
思春期の少年としては正しい反応なんだ、男同士だっつーことさえ除けば。
「…し、しりとりしようぜっ」
照れ隠しに発した言葉は俺としては予想外で。
「しりとりなんてそんな子供の遊び、できっかよ」と罵る予定だったのに。
「やった!よし、じゃあ“寿司”から始めようぜ。獄寺は“し”から始まる言葉な」
「しゃ…しゃあねぇな、その代わりてめぇが負けたら何か奢れよな」
笑顔全開の山本に今更やめようとも言い出せずに渋々頷いた。
そうすると山本が口を開く。
「な…“なかい”」
いやいやいや、今のはしりとりのつもりじゃなかったんスけど。
つかお前、
「人名ありなのかよ;」
「え?あ、そっちのナカイじゃねぇよ」
「どっちだよ」
「旅館の方」
「…あー…」
「次、獄寺だぜ」
“い”のつく言葉か…なんて考えていると目の前の馬鹿が俺の首ンとこに顔を埋めてきて、煩わしいったらない。
髪を鷲掴んで引き剥がそうとしたがそこは現役野球部、離れるわけもなく。
抵抗は諦めた。
「…じゃあ、い…椅子」
「す…す、す…」
そんなに悩む事でもないだろうに、“す”の付く言葉なんていくらでもある。
不思議に思って山本を見ると急に見つめ返されて、ニカッと阿呆みてぇな笑顔を見せてきやがった。
「……、好き」
「な」
馬鹿かこいつ。
馬鹿だこいつ。
馬鹿過ぎる。
死ぬほど恥ずかしい。
つか死ね。
果てろ。
俺の顔は今壮絶に冷めた表情をしているだろう。
思わずドスのきいた声を出した。
「…嫌い」
「……、」
あ、拗ねた。
ざまぁみやがれ。
「い…いろは」
何だよ立ち直り早ぇな。
もっとヘコんでろ馬鹿が。
「果てろ」
「ろ…蝋燭」
くそ。
懲りねぇなこいつ、首筋に痕は付けんなって散々言ったはずだろうが。
再び首元に沈んだ頭を軽く小突く。
「靴」
「…付き合わねぇ?」
「遠慮しとく」
つかもう付き合ってんじゃねぇか。
じゃなきゃ何で男にベッドの上で抱き締められなきゃなんねぇんだ。
「…、クリスマス」
「スイカ」
「か…可愛い」
うっわウゼェ。
「…イタイ」
「愛しい」
「逝け」
「結婚して」
「てめぇいい加減にしやがれ」
段々と強くなる力で俺を抱き締めてくる馬鹿を足で攻撃してみたが、やっぱ剥がれねぇ。
ただ少し反省したみたいに何度かキスをしてきた。
そのまま山本が口を開く。
「……、歴史」
そんな寂しそうな声で言うなよ気色悪ぃ。
山本の頭をわしゃわしゃ撫でてやった。
ついでに言葉も添えて。
「…シたい」
「い、いいのか?!」
あからさまに喜んだ顔。
ホント馬鹿だ。
「…構わねぇよ」
「マジ!?マジで?」
肩を思い切り掴まれて揺さぶられた。
どんだけ必死だよお前。
「お前から誘ってくれたの初めてじゃねぇ?いやそもそもそんなにヤってねぇけど。つか俺めちゃくちゃ嬉しい。ホントにいいのか?なあ、ごくで…」
「ぷ、」
ばーか。
騙されてやんの。
思わずくっくっと笑いが漏れた。
「しりとりはてめぇの負け、約束通り何か奢れよ?」
「ぇ?あ…?」
「俺は“構わねぇよ”っつったんだぜ?次は“よ”じゃねぇか」
「な…、」
ばーかばーか。
引っ掛かってやんの。
俺がンな簡単に誘うわきゃねぇだろが。
「え…、じゃあ嘘なのか?」
誰が見てもわかるくらいにしゅんとしている山本の様子に顔がニヤける。
俺のことで必死になっている姿は何だか可愛いとすら思えてくる始末だ。
(ンなこと絶対に言ってやんねぇけど)
「…さあな」
意味ありげに微笑めば山本も同じようにニッと微笑んで。
「なぁ、俺さっきの『すき』とか『結婚して』とか嘘じゃねぇんだけど」
「…俺は嘘ついたぜ?」
「うん、知ってる」
いつの間にか山本の顔がすぐ近くまできていて、唇が触れるか触れないかの距離。
山本の指が自分の髪を撫でる心地好さに目を細めた。
「『嫌い』とか『逝け』とかが嘘。『シたい』がホント…だろ?」
密着してくる山本に、返事の代わりにゆっくりと腕をまわして引き寄せた。
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08.02.22