捧げよう、捧げよう。果てしない虚無に一本の薔薇を。
■ ■■黒■■ ■
color:エドワード
ロイ ハボック
俺だけの黒。
その漆黒を他に向ける事は赦さない。
「―なぁ、俺がいない間誰と寝てたの?」
「は、がね…の、やめ…っ」
中の弱い部分を攻められ、答える事すらままならない大佐を見下ろして、嗤った。
「煙草の匂い…これは少尉のかな」
低い声で呟くと、俺を気丈に睨み付けていた大佐の瞳が揺らいだ。
「浮気は駄目だって言ったじゃん?」
「…っ」
手元にあったペンを何本か指と一緒に無理矢理挿れる。
執務室の机に押しつけられてこんな事をされて、大佐のプライドは大層傷付いているだろう。
乱暴に身体を奪ってはすぐに旅に出る、こんな俺を大佐は嫌っているに違いない。
それでも愛しいと胸が熱くなるのは、漆黒という虚無に惹かれた我が身への呪いかそれとも戒めか。
「もっと喘いでよ、アンタの声が聞きたい」
指を抜いて自身を乱暴に押し挿れていく。
押し殺した声が堪らなく艶っぽい。
そうやって漆黒の瞳でもっと俺を睨んで。嫌って。
虚無に引き摺りこんで、共に落ちて落ちて落ちて。
俺しかいらないと言ってよ、大佐。
私は鋼のから逃れる事ができない。
彼といると暗闇の牢に閉じ込められている気分で。
だがその暗闇がかえって私を惹き付けて止まないのだ。
「大佐、俺…貴方が好きです」
ある日優しく囁かれた言葉。
あぁ、こんなに優しい声を聞いたのはいつ以来だろう。
抱き締められ、光の温かさを思い出した。
「―で、何で少尉と寝たんだよ?」
冷たい声が頭上から降り注ぐ。
乱暴に腰を揺すられ、このまま落ちて虚無に飲み込まれてしまえたら、快楽に溺れてしまえたら。
それはそれで幸せだと思えた。
光と闇の狭間で苦悩する私の姿は、他者から見ればかなり滑稽に違いない。
「…少尉を消そうかな」
「…!鋼の、なに…ッを、」
突き上げられて残りの言葉を詰まらせた。
しんと静まりかえった室内に水温と自分の息遣いだけが響く。
「…少尉の目の前でアンタを犯して、アンタの目の前で少尉を消す」
本気のようだった。
放っておけば確実に実行するだろう。
どうして彼はこんな方法でしか寂しさを紛らわせることができないのか。
真っ赤な薔薇は自らの手で握りつぶされて儚く散った。
執務室に電話で呼び出された。大将から。
大佐の喘ぎ声付きで。
嫌な予感がして早足で執務室に向かい、扉を開けた。
「予感的中…」
咥えていた煙草をギリと噛んで眼前の二人を見た。
机に押さえつけられて苦しそうに呼吸している大佐と、大佐と繋がった状態で満足そうに笑っている大将。
「…何してンすか」
やっとのことで発した言葉は、震えていたかもしれない。
「俺の大佐に手ぇ出した罰に、死んでもらうから」
平然と凄い事を言う金髪をポカンと見つめる。
近寄ると床から錬成しただろう槍が俺の首筋に向けられた。
「大佐のコト諦めるんだったら逃がしてやっても良いよ」
「少尉、相手にするな。逃げ…ッ、」
角度を変えられたらしく黙らざるをえなくなった大佐だが、強気な瞳で大将を睨んだ。
その姿が煽情的で、誰がこんな状態の大佐を諦めて逃げ帰れるだろうか。
「…逃げません」
真っ直ぐに大将を見据えた。
「あっそ、じゃあ暫くそこで大佐が啼いてんの見てなよ」
ずっと好きだった大佐を簡単に諦めるくらいなら、大佐が誰かに犯されているのを見た方がマシだ。
意外だった。
ハボックは素直に諦めるんじゃないかと思っていた。
喉元に槍を突き付けられているのに、よくもまぁ私なんかの為に立っていられるものだ。
自分は幸せ者なのだと実感する。
“愛しい”
そう思った。
「大佐、俺とこの街を出よう?二人だけの世界に…」
奥を突かれながら、脳髄へと響き渡る甘い声。
闇から手招きされ、私の心は一歩ずつ虚無の世界へと足を踏み入れていく。
「大佐、駄目っすよ。貴方はここにいなきゃ」
遠くで温かい声がした。
今引き返さなければもう二度と光へは戻れないだろう。
「ハ…ボック、すまない…」
口をついて出たのは、光を拒む声。
絶望に満ちた色がハボックの瞳に浮かぶのを、見た。
「―大佐、愛してるよ」
暗闇に足を絡めとられ、虚無の世界へと落ちる。
育てよう、育てよう。
虚無に捧げた一本の赤い薔薇を。
後に残るは、大佐の残り香とやり残した仕事の山。
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06.03.24