―縛られるのは、嫌いじゃない。貴方の傍にいられるのなら。
■ ■■首輪■■ ■
ヒューズ中佐が亡くなった。大佐の様子が目に見えておかしくなってきたのは、その頃。
真面目に働くようになったし、偉そうに振る舞う事も無くなった。
しかし代わりに、笑う事をやめてしまったようで。
時折切なげに眉を潜め、かろうじて微笑を作ることもあった。
さすがに心配になったのか、中尉が俺に暫く大佐と暮らすよう促した。
初めから大佐の為に全てを捧げる覚悟があった俺には、願ってもない提案だ。
しかし大佐は俺が思っていた以上にずっと病んでいて。
仕事を終えて一緒に家に帰った途端、何を思ったのか首輪を錬成しだした。犬の首に付ける、あの首輪。
わけが分からずボンヤリしていたが金属の擦れ合う鎖の音に我に還ると、ソレは俺の首に付けられていた。
もう一端はベッドに繋がれていて。
その瞬間、何とも言えない安堵の気持ちが俺の心を支配した。
―とめどなくただただ思うのは、どうかどうか離れないでいて。
ヒューズが死んだ。にわかに信じがたい事であった。
急に思考が止まった。火葬の最中でさえ実感もなにもなくて。
無意識に流れ出た涙だけが、ソレが事実であると告げているようだった。
突然だった。中尉から少尉との同居を勧められたのは。
心地好い彼の温かさが今の私にとっては一番の癒しであるということを、中尉は薄々感じ取っていたのだろう。
仕事が終わって家に着いた途端、私の心は大きな不安に襲われた。
ハボックまでもが私を置いて去ってしまわないだろうか、と。
気が付いた時には目の前のハボックとベッドを繋いでいた。
それだけにとどまらず、首に腕をまわしキスをねだる様に目を閉じた。
優しく重なる唇の温かさと頬の触れる音に安堵し、私は躰を震わせた。
人は簡単に嘘を吐く。言葉には裏がある。
だから裏切らない何かを下さい―
慣れているようだった。
大佐の躰は確実に中佐の為のもので。
それでも俺を見て俺の名を呼んでくれる度に、愛しいと何度となく思った。
今大佐を支配しているのは俺で。
必要とされているのは俺。大佐の目に映るのは、俺。
人は嘘を吐く生物だ。
口先だけの“アイシテル”なんてアテにできない。
躰もそうだ。
好きでもない奴に腰を振る事は簡単だ。
俺は大佐から躰や言葉なんかじゃなくて『居場所』が貰いたかった。
大佐の一番近くにいたいと願っていた。
この首輪が俺を安堵の海に溺れさせてくれるのは、きっとそのせいだ。
大佐は俺が必要だから首輪を与える。
俺は大佐が必要だから繋がれる。
鎖は物だから、心が無いから。絶対に裏切ることをしない。
そうやって俺と貴方は、お互いの心を縛り続けている。
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06.02.05