かなり緊張していた。
大将から作戦を聞かされた時から皆で入念に練習し、どうにか自然に行えるようになった。
■ ■■作戦通り・策せぬ事態■■ ■
「大佐の誕生日をサプライズで祝いたいからさ、皆で協力してくんない?」
大佐の誕生日の何日か前、大将が仕事部屋に入ってきてこう言った。
「サプライズ?」
「そう。いつもスカしてる大佐の怯んだ姿、見てみたいだろ?」
「エドワード君、そういう言い方は大佐が可哀想よ」
いつも大佐に厳しい中尉でさえも同情するような言い方だった。
俺は思わず笑ってしまう。
「良いんだよ、あいつマゾヒストだし」
大将が意味のわからない言い訳をする。
さすがに俺もつっこまずにいられなかった。
「いや、本人がいない所で言ったらただの陰口だろ」
自分が無茶な言い訳をしたのを自覚しているのか、俺の文句をさらりと聞き流した大将は、深く息を吐いてこう言った。
「とにかく、あの大佐がビビってる姿とかを見たいんだよ俺は」
「恋人のくせに見たことないんスか?」
「くせにって何だよ、大佐はいつも余裕ぶってるからこそ大佐なんじゃねぇか」
それはもっともだ。
大佐は雨の日は無能だが普段は隙というものが無く、常に冷静だ。
「まぁ、確かにそうっスね」
「で、驚かせるって何をするつもりなの?」
珍しく中尉が乗り気である。
大将も中尉もやる気満々だから、きっとかなりサプライズなパーティーになるんだろうな。
大佐、ご愁傷様です。
というわけで、計画は大将と中尉によって練りに練り上げられた。
大将が前もって『カエルの神隠し』で大佐に先入観を与える。
そして、少し経ってから再びその話を思い出させる。
また少し経って次は大将が姿を消す。
あらかじめ時間を決めておいた。
大佐は俯きがちに仕事をするから、大将が音を立てずにソファから離れて気配を消せば大佐は少しの違和感しか感じないで済む。
そこで俺がドアを開ける。
ドアの裏に大将を隠す為に、大きく開くのだ。
「大将、来てないんスか?」
こうなふうに尋ねれば、大佐は必ず部屋を見回す。
ご丁寧に後ろまで振り返った。
その瞬間に大将は俺の背後に移動する。
大将が部屋を出ながら扉を閉める。
俺はそれに合わせて扉を閉めるフリをする。
この方法はかなりの練習を必要とした。
成功する可能性も低い。
幸運だったのは、実行の日が雨だったことだ。
雨の日の大佐は注意力散漫である。
次に、俺が大佐を中尉達の集まっている部屋に誘導する。
大佐に続いて部屋に入り、ドアを半開きにしておいた。
俺は大佐の位置からドアや人の出入りが見えにくくなるように立つ。
自慢じゃないが身長が高く体格の良い俺には、この役目は適任だった。
そして、背の低い者から順に素早く部屋を出ていく。
音を立てずに全員が部屋から出られるようになるのにも時間がかかったが、当日はさほど不安は無かった。
ここまでは計画通り。
それもそのはずだ。
いろんな大佐の行動パターンを予測して、臨機応変に対応できるように練習を重ねたのだ。
だがここで、予想外の事態が起きた。
電話がかかってきた。
しかしそれは大佐の注意力を削ぐのに役立つわけで、俺達に吹く追い風なのだから問題は無い。
ところが、想定外だったのはこの先。
「あぁ、ヒューズ。元気か?」
ヒューズって。
その人はもう既に亡くなってますよ。
声が喉の辺りまで出かかった。
言葉を飲み込む。
もしかすると大佐はカマをかけているんじゃないだろうか。
俺が動揺してドアの側を離れるかもしれないとか、サプライズパーティーをするんじゃないかとか、そういう疑問を晴らす為に言っているんじゃないのか。
本当は電話の相手は女の人で、大佐の急な発言に戸惑っているのではないか。
…有り得る。
散々迷って結局、何も言わないことにした。
すぐに、その選択は間違っていなかったのだとわかった。
大佐は急激に焦りだした。
俺を疑っている。
逃げる様に歩く大佐を追う様に歩く。
ここからは簡単だ。
図書館の本棚の影に隠れた大将と、一瞬の隙をついて入れ替わる。
それで俺の役目が終わった。
あとはパーティー会場に行くだけだ。
目隠し姿の大佐にはそそられるものがあったなぁ、なんて。
大将、申し訳無い。
まあ、それはさておき。
大佐の戸惑いっぷりはかなり滑稽なもので、大将も中尉もかなり満足げだった。
全てが上手くいってホッと胸を撫で下ろした。
してやったり、という感じだ。
しかし次の瞬間、耳を疑った。
「そういえばヒューズからもタイミングよく電話がかかってきたな」
大佐、あれはカマかけじゃないんですか?
頭がおかしくなっちゃったんですか?
ひょっとすると、ヒューズ中佐…いや、准将が。
どうしても大佐の誕生日を祝いたかったのかもしれないな。
何はともあれハッピーバースデイ、大佐。
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