「獄寺くん、お願いがあるの…!」


放課後の教室。
名前も知らない女子と二人きりで向き合って。
勇気のある女子だなぁ、とか呑気に思った。
中3の夏。





■ ■■延長線上■■ ■





そもそも事の始まりは10代目が笹川とお帰りになったことで、俺が暇になったってことだ。

別に用事も無いし、仕方無ぇから野球バカの部活終わんのを待って帰りに寿司でも食わせてもらおうかなって企んでた。
んで、教室の窓際の席に腰掛けて頬杖ついて煙草を吸っていたら。


「ご、獄寺くん…」


俺に話しかけてきたのはクラスで可愛いと評判の(10代目がおっしゃっていた)女子で、名前は覚えてねぇ。
頬を染めて、少し戸惑った様子で俺の前まで来た。


で、さっきの言葉。
俺って確かクラスでめちゃくちゃ恐がられてるはずだろ、勇者すぎるぞお前。


「…んだよ?」


「あ、あの、…」


「〜、早く言えって」


「た…武の好みのタイプ教えて下さい…っ!」


「……………、は?」


好みのタイプ?
…てかタケシって誰だ?


「あ、あの…ほら、獄寺くんたち、武とよく一緒にいるし…ツナ君今日早く帰っちゃったし、さ」


かなり怯えた表情でギュッと拳を握り締めて話している相手を見ながら、俺は思考を巡らせた。


10代目や俺と仲が良い?


って言ったら山本だろ。


「山本…タケシ?」


目の前の女子が小さく反応して顔を更に真っ赤にした。
そうか、山本って下の名前タケシだっけな。
(忘れてたとか言ったらアイツは拗ねそうだ)


「好みのタイプ…ねぇ」


目の前の女子がキラキラとした視線で俺を見つめている。
前に10代目と3人でそんな話をした記憶がある。
そん時の記憶を頭の隅から引っ張り出してきた。


「…確か、“好きになった子がタイプ”だったな」


なんて優等生な答えなんだ、と当時は笑い飛ばした気がする。
目の前の女子は落胆した顔で俯いた。


「そんなぁ…」


「…、」


別に同情したわけではない。
ただ、ふとそんな考えが頭に浮かんだから口にしただけ。


「…釣り橋効果って知ってっか?」


「釣り橋…?」


「そ。男女が一緒に釣り橋渡るとか怖い体験をすると、そん時のビビってるドキドキを恋愛感情だと錯覚するらしい」


試してみたら?


なんて、心にも無いこと言って教室を出た。
そろそろ山本の部活も終わるだろう。
例の女子は嬉しそうな顔で『ありがとう』と言っていた。



「…偽者の感情の、どこがいいんだろうな…」



俺なら、恋愛対象に見られなくていいから、確固たる信頼とか友情とか、そういうのが欲しいけど。
恋人と友達の違いなんて、性的対象であるかないかってだけじゃないのか。



ジャリ、と土を踏む音が響いて顔を上げる。



「ごくでら、」


「…帰んぞ」


山本が部室から出てきて、近寄ってきた。
いつものふぬけた笑顔浮かべて「お前、残ってたんだ」なんて。


「腹減った。寿司食わせろ」


「りょーかい。ついでに泊まってくか?」


「ん」




校門まで歩いていくと、さっきの女子が前を歩いていた。
思い出したように言葉を発する。


「…タケシの好みのタイプ、教えて下さい」


「…ぇ、」


うわ、何だその間抜け面。
笑うつもりもなかったのに吹き出しちまったじゃねぇか。


「…ごくでら、気持ち悪い」


「っせぇ。今日女子に言われたんだよ」


「え?」


「お前の好みのタイプ教えろってさ、あの前歩いてる奴に」


顎で前方を示してもう一度山本の顔を見た。
山本は照れるわけでもなく相変わらずの表情で俺を見る。



「で、何て答えたんだ?」


「…別に」


「何だ、つまんねぇの」


釣り橋効果の話は敢えてしない。
この野球バカに長々と説明するのがとてつもなく面倒だからだ。


「…獄寺隼人」


「あ?」


「俺の好みのタイプ、獄寺みたいな奴」


これまた突拍子も無いことを。
山本の脳内構造はどうなってるんだろうか。


「…、俺は女じゃねぇ」


「うん、だから獄寺“みたいな”奴」


「俺みたいな…って、銀髪ハーフの帰国子女で全く可愛げのねぇ女子ってことか?」


「うん」


嫌味を込めて言ってやったが山本には通じない。
つか可愛げなくて悪かったな。


「…あー、でも、違うな」


「何が」


山本が足を止めて俺の方に向き直った。
柔らかい笑みはいつもと何も変わらない。


「今ここに存在する獄寺が好き」


「…………は?」


「獄寺と一緒にいたら、心地好い気分になるんだよな」


「な…」


「獄寺の良い所も悪い所も知ってるし、信頼してる」


「…俺だって、てめぇの良い所も悪い所も知ってる」


ついでに信頼してる。
てめぇには絶対に言ってやらねぇけど。
こんな意味わかんねぇ恥ずかしいやりとりは早く終わってしまえばいい。
頬が熱い。


「…はぁー、獄寺なんでそんな可愛いの。時々ムラムラするんですけど」


ガバッと抱き締められ、身体が硬直した。
耳まで熱い。
何だって?
ムラムラ?
馬鹿じゃねぇの。


「な、獄寺。俺と付き合わねぇ?確信あるんだ、俺ら絶対別れないって」


「〜ッ、」


恥ずかしい奴。


「…駄目?」


やめろ馬鹿そんなキラキラした瞳で顔を覗き込んでくるんじゃねぇ断れねぇじゃねぇかマジで離れろ。


「…ごくでら?」


「〜ッ、駄目じゃねぇ!」


…何勢いに任せて言っちまってんだ俺。
そりゃあ俺だって山本といる時が一番落ち着くし心地好い。
悔しいが、“愛しい”と思う瞬間さえあったし、山本との価値観の違いが俺を成長させることもあった。

だからって、何ちゃんと答えてんだ俺。
最初に言うべきは「道端で何抱き締めてんだ果てろ!」だろ。
俺もとうとうヤキがまわったか?
死ぬほど恥ずかしい。
絶対顔真っ赤だ。


「…獄寺、可愛いのな」


チュ、と耳に音が響き、でこに柔らかいものが触れる。
考える暇もない。
ほとんど反射の域で山本の腹を一発殴っていた。


「…ってぇ…何だよ獄寺…」


「道端でンなことすんじゃねぇ!状況考えろ馬鹿!」


山本の家まであと少し。
せめてそこについてからだろ。
歩く速度が上がるのは気がはやってるからじゃねぇ、怒ってるから。




どうせ俺らは付き合っても何も変わらない。
相変わらず二人でダラダラして、たまにベタベタして、んで気が向いたらそういうコトするだけ。
相手に理想を求めることもなく、ただありのままのお互いを大切に思う。
何て理想的な関係なんだ。
これは、本当に、


(絶対別れねぇかも、なんて)



夕焼けの中の帰り道。
繋いだ手が妙に熱い。
山本の家まであと少し。
はやる気持ちが足をはやくした。
コイビトが出来た、中3の夏。




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07.11.26