暗い暗い闇の中、そこにぽつんと僕がいた。
それが夢だとわかるのに大して時間はかからなかったが、わかった所でどうしようもない。
始めのうちは、ただただ戸惑っていたが、そのうちどうしようもなく心細くなって、僕は思わず兄さんと呼んだ。
けれど返ってくる言葉は無くて。
僕は本来なら17才になる兄さんを知らない。
知らないものをイメージするのは困難なもので。
目を覚ますまでの間、僕はただ泣いているしかなかった。
■ ■■兄さんとぼく■■ ■
兄さんがいなくなって2年が過ぎた。
僕の髪は年月に比例する様に伸び、ウィンリィは兄さんの様だと云った。(もう少し、僕の方が優しい雰囲気が出ているらしいけど)
僕は別に兄さんの様にはなりたくなかったけど、何故かウィンリィの
言葉に胸が熱くなった。
兄さんという光が、僕の中の闇に射し込んでくれる気がした。
それでも夢の中はまだ暗かった。
兄さんと呼んでも相変わらず現れる気配はない。
どうしようもない事が僕の中で変な冷静さを起こし、周りを見て乾いた笑みをもらした。
現実もこの様なものなんだ。
兄さんを捜す手掛かりも無く、恐ろしい程無駄に一日を過ごしている。
僕は自分でも驚く程大きな声で笑い出した。
それから僕は兄さんの格好をする様になった。
少しでも兄さんを感じたくて、
鏡を見ては笑顔で僕である兄さんに手を振った。
兄さんも同じ笑顔で手を振り返してくれるのが凄く嬉しくて、何度も何度も手を振っていたらウィンリィに止められた。
兄さんの情報を得るために、マスタング大佐という人の所に行ってみた。
兄さんと僕はとてもこの人にお世話になったらしい。(と、ウィンリィが言っていた)
マスタング大佐は何故か北方にいた。
大佐は僕の姿を見付けると目を見開きこちらに足早に近付き――――抱き締められた。
アルフォンスだということに気付いた大佐は僕に謝り離れたが、僕の中にはもやもやしたものが胸の中に残った。
ああ、この人は兄さんが好きなんだ。
僕は冷めていく心の中でただ漠然と考えていた。
僕は鏡を見るのが好きになった。
暇さえあればずっと鏡を見ていた。
きっと本物の兄さんはもっと格好良くて色っぽいんだろうけど、僕は鏡の中の兄さんでも十分だった。
異変が起きた。
ここ最近僕の夢は暗闇でなくなっていた。
僕は「ロケット」というものについての研究を兄さんとしている、というものになった。
兄さんは背が高くなっていて、想像していたよりずっとずっと魅力的になっていた。
思わず抱き締めたくなって手を伸ばそうとした―――けど僕は何も出来なかった。
兄さんに話しかけることすら不可能だった。
兄さんは「アルフォンス」と僕を呼ぶのに、僕は返事も出来ず「アルフォンス」は兄さんと楽し気に話す。
気がおかしくなりそうだ。
僕はとにかく研究を進めた。
早く兄さんをこちらの世界に戻さないと向こうの世界に、「アルフォンス」にとられてしまうと思ったからだ。
そんなことはさせない。
兄さんは僕のモノなのだから。
僕が鏡を見なくなってからウィンリィはほっとした表情を見せた。
鏡では物足りない。
やっぱり本物の兄さんがいい。
兄さんを取り戻したら、とりあえず兄さんを鏡に張り付けて僕独りでしばらく眺めていたいんだ。
無邪気にそう答えたらウィンリィの顔が引き攣った。
ある日ウィンリィが泣いた。
僕がまともに戻ってほしいのだそうだ。
正直僕はウィンリィの言ってることがわからなくて戸惑った。
僕はまともだと思っていたし、実際今だってそう思っている。
もしかしたらウィンリィがまともじゃなくなったのかな。
ウィンリィを治すには、やっぱり兄さんしかいないな。
それからの僕は死にものぐるいで研究を進めている。
まだ大丈夫、まだ大丈夫だ。
夢を見る限りまだ兄さんはこちらの世界に戻りたがっている。
兄さんが諦めてしまう前に―――
僕はちらっと鏡を見た。
そこで血走った目をした危なげな兄さんと目が合った。
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06.02.05