世界はめまぐるしく巡っている。
人々は慌ただしく日々を過ごしている。
誰が死のうが生きようがそんなのはほんの些細なことで、変わらずに地球は廻り続けるんだ。
そんな中、大きな事故や大量殺人は歴史にくっきりと痕を残す。
けれど人々は同じ歴史を繰り返し、同じ過ちを犯す。
■ ■■追憶アメンチア■■ ■
私は歴史に大量殺人の痕を残した人間のうちの一人だ。
大きな権力の前に平伏し従うしかできなかった若輩者の私。
記憶に鮮明に残っているのは、真っ赤に燃え上がる焔と人の焼けた匂いと苦しげな断末魔上司のことば仲間のことば敵のことば人殺しの私。
『大砲ぶち込んで追い込んで包囲して焼き尽くして残りはシラミつぶしに銃殺。それのくり返しだ』
敵は誰だ?
敵なんていない。
あちらさんから見ればこっちは敵だが。
『教えて下さい少佐。国民を守るべき軍人がなぜ国民を殺しているのですか。人に幸福をもたらすべき錬金術師がなぜ人殺しに使われているのですか』
正義は誰だ?
正義なんていない。
みんな自分が正義だと信じて止まないから。
『そもそも神とはなんだ?』
神は誰だ?
神なんていない。
神は単なる信仰の対象に過ぎない。
『なぜこんな事になってしまったのでしょうか』
『「なぜ?」それが国家錬金術師の仕事だからです』
『なぜ国民を守るべき軍人が国民を殺しているのか?』
『それが兵士に与えられた任務だからです』
『違いますか?』
現実と理想はいつも違っていて、誰も理想郷には辿り着けない。
『死から目を背けるな』
『前を見ろ』
『そして忘れるな』
『忘れるな』
『忘れるな』
『奴らも貴方の事を忘れない』
「…さ、大佐!」
ゆっくり目を開くとハボックが私の肩を掴んで焦った表情を浮かべていた。
「かなり苦しそうにうなされてたから心配したんスよ?」
自分の額に触れてみると汗だくになっているのがわかった。
あの頃の夢を見たのは何年振りだろう。
罪悪感
使命感
背徳感
達成感
―私は非力な人間だ。
吐き気がする。
『自ら進んだ道で何を今更被害者ぶるのか』
『自分を哀れむくらいなら最初から人を殺すな』
「…そう、だな」
「大佐?」
ハボックが私の頬を撫でた。
そのまま顔を近付けてそっと唇を合わせる。
こんな触れるようなキスを許している相手はハボックだけだ。
ヒューズとはしない、心が弱くなってしまうから。
鋼のにはさせない、彼からの優しさなんて欲しくはない。
「…大佐、好きです」
『父さん 母さん 皆…誰か…!!』
『生きろ 死んではいけない』
「俺、大佐に触りたいです」
私は苦笑して首を横に振った。
駄目だよハボック、私達はそうじゃない。
「どうしてですか?大将とはヤってんでしょう?大将が好きなんスか?」
それは違う。
私は再び首を横に振った。
鋼のとの行為は罪を償う為の儀式だ。
罪の無い君には私を慰めることはできまい。
―欺瞞だな
「私は非力な人間だ」
「…は?」
『簡単だ。“死にたくねぇ”ただそれだけだ』
「簡単だ。実に簡単だった」
―皮肉なものだ。
ハボックは私を不審そうに見つめている。
自分でも何を言っているのかわからないのだから仕方無いだろう。
そんな責めるような瞳で見ないでくれ。
『銃はいいです。剣やナイフと違って人の死に行く感触が手に残りませんから』
「私の焔も同じだ」
―私が道を踏み外したらその手で私を撃ち殺せ。
―何があっても生き意地汚く生きのびろ。
『その夢…背中を託して良いですか』
『お望みとあらば地獄まで』
「そう、地獄まで」
―そうやって自分をごまかして手を汚し続けるのか
『“信頼”ただその一言に尽きる』
『さぁーっ帰るぞーっ!!愛しい家族が待っている!!』
ーこれだけしか助けられなかったのだ愚かな自分は!
『ネズミ算かよ。子供の計算だ!理想論だ!』
『焔の錬金術師がいたから俺達は死ななかった』
―あそこはさぞかし気分がいいだろうな ヒューズ。
『まだ私の中でイシュヴァールの戦いは終わっていません。いいえ…一生終わらないでしょう』
「…私は一生赦されない」
「たい、」
「赦しを乞う事すら罪だ」
『恨みます』
「嗚呼、赦されることの何と恐ろしいことか」
助けたい。
捧げたい。
手に入れたい。
掴みたい。
守りたい。
全てを。
だがきっと結局、私はその全てに呑み込まれていたいんだ。
罪を背負っている己に自己陶酔して自虐して慰めてもらっている。
何だかんだ言って鋼のが好きででもハボックも手放せなくてそんな自分が嫌で人殺しの自分のせいにして慰めて自虐して自己保存。
嗚呼、もう何を考えているのかわからない。
私はいつからこんなにも――、
back
07.02.06