いつものように10代目をお迎えにあがっていつものように登校していつものように下駄箱を開く。
するとそこにあったのはいつもとは違った光景。
■ ■■甘くも苦くもない■■ ■
ドサドサッ、
華やかでキラキラした箱や袋が足元へと音を立てて落ちた。
微かに甘い匂いがする。
おいおい、食いモン下駄箱に入れるなんて不衛生だろが。
的外れな文句が口から漏れて、隣りにいた10代目が小さく笑った。
こっちのバレンタインは不思議だ。
俺の育ったとこだと、この日は男から愛する人に贈り物をする日。
こっちでは全く逆だ。
しかもチョコってなんだ。
営業戦略に乗せられてるだけじゃねーのか。
「ごーくでらっ」
放課後、屋上で吸い終わった煙草の火を消していると語尾にハートマークが付きそうな程弾んだ声が聞こえた。
今日この日に聞こえてくるべきはもっと柔らかくて甘ったるい声のはずだ。
けど現実に俺の声を呼んだのは、なんとも真っ直ぐでしっかりした声。
多少爽やかではあるけれど、簡単に言えば男としか思いようのない声だったわけで。
「やまもと…」
声の主を見て思わず溜め息が漏れる。
いや、待ち合わせしたからそこにこいつがいるのは当然だ。
山本はニコニコ馬鹿みてーな笑顔で俺を見て「お待たせ」と呑気に言った。
「獄寺、今日なんの日か知ってるか?」
へらへらと、馬鹿面で馬鹿が言う。
「…バレンタイン、だろ」
さしずめ俺のチョコでも期待しているんだろう相手に軽く睨みを利かせた。
言っとくけど俺は女じゃねーから、んなもん用意してねぇよバカ。
山本はいつもいつも「かわいい」だの「色っぽい」だの俺に向かって似つかわしくない言葉を使う。
俺を女みてーに扱いてぇなら女と付き合えばいいだろ、なんて、言うつもりもねぇけど。
「そうそう、だからさ」
微笑んでいる山本の顔は呆れるほど呑気で、自分までつられそうになる。
へらっと一層緩んだ顔で差し出してきた手には小さな箱。
キラキラはしていない。
「これ、俺から獄寺に」
ああそうか。
なるほど。
こいつは俺の彼女気取りだったわけだ。
いや、実際気取ってはないだろう。
ただ、飯を作ってくれたり俺ん家の家事をしてくれたり風呂で体を洗ってくれたり恋人である俺に何から何まで甲斐甲斐しく世話を焼いて尽くしてくれる目の前の人間。
それを彼女と言わないで何と言うんだ。
そうだ、そういうことだ。
「おー」
我が物顔で受け取った箱をポケットに突っ込んで屋上を出た。
が、不満だったらしい。
すぐに手を掴まれて引き戻される。
「…あんだよ?」
「ここで開けろよな、折角あげたんだから」
山本の拗ねたような口振りに少しだけイラッとした。
まあ開けるくらいなら構わねーけど、ぜってー喜んでやんねぇよ。
「しゃーねぇな…」
ガサゴソとラッピングを剥す。
出てきた黒い箱を開くと、そこには、
「…これ、」
中に入っていたのは俺の予想していたような甘い菓子じゃなくて、銀色のブレスレットだった。
「それ、獄寺が好きそうな感じだろ?」
「ぉ…まあな」
まあな。
まあそうだ。
確かに俺好みだ。
けどお前、今日は何の日か知ってっか?
「…チョコじゃねーのかよ、」
思わず口に出していた。
けど、断じてチョコが欲しかったわけじゃねぇ。
「え?だって、保健のオッサンに聞いたぜ」
「何を、」
「獄寺の故郷ではバレンタインは男から愛するひとに贈り物を送る日なんだろ?」
頑張って選んだのに、獄寺、あんま嬉しそうじゃねぇのなー。
苦笑した山本には何も返せないでいる。
だって、こんなん受け取ってみろよ。
俺が認めたみてぇじゃねーか。
「なぁ、獄寺」
「あ?」
むちゅ、と。
気付いた時には唇を塞がれていて。
「ん…ン、」
深まるキスに呼吸を奪われた。
「はは、やっぱ似合うのなー」
「…るせ」
腕にキラッと光る銀色に目を細めて息を吐いた。
結局受け取ってるし。
もう今更どっちが女役かなんてわかりきってることだし。
考えても無駄だった。
「…ごくでら、」
呑気な笑顔。
落ちてくる優しいキス。
こういうのも悪くない、と思う俺はもうだいぶこいつに絆されてんのかもしんねぇ。
とりあえずはこの馬鹿にホワイトデーに何をくれてやろうか、と思考を巡らせた。
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08.02.14